SixTONES

祝!SixTONES結成5周年!!SixTONES結成秘話とデビューするまで

5月2日はSixTONESの結成5周年でした。おめでたいですね!

今年デビューしたばかりなのに、5周年とは、長いような短いような気がします。

でも、6人がSixTONES結成前から活動していたしたことはご存じでしょうか。

その時を含めると、6人での活動は8年になります。

今回は、SixTONES結成までのことからデビューまでのことをご紹介したいと思います。

SixTONESの前身「バカレア組」とは?

2012年4月から放送された連続ドラマ番組「私立バカレア高校」が6人の最初の作品です。

この作品は、主役が森本慎太郎さんで、のちに映画化されるほど、人気になりました。

特に、この作品内で人気だったのが、今のSixTONESの6人です。

主人公の森本慎太郎をはじめ、友人役のジェシーさん、松村北斗さん、京本大我さん、高地優吾さん、田中樹さんです。

その時ファンの間でつけられた6人の愛称が、番組名をとって、「バカレア組」でした。

その後、コンサートや雑誌などで、たびたび6人で取り上げられるようになり、人気も定着していきました。

解散?!突然のバラバラ活動へ…

翌年の2013年5月から「ジャニーズ銀座」という毎年恒例の舞台が開催されました。

当初の予定では、6人で出演予定でしたが、開催してみると、“松村さんとジェシーさん”が主役のパターンとSexyZoneの“マリウス葉さんと松島聡さん”が主演でバックダンサーに“京本さん、田中さん、高地さん、森本さん”がつくパターンと2種類に別けられていました。

舞台は成功し、ジェシーさんと松村さんで活動することが増えました

翌年の舞台では、更にバラバラになります。

京本さんと他のジャニーズJr.2名、ジェシーさんと他のジャニーズJr.2名で開催されました。

このころ、ファンの間では「バカレア組」が解散したと思っており、本人たちも6人で活動することはもうないと思ったと、後日語っています。

やっぱり6人で活動したい!「HELL,NO」披露に込めた思い

6人での活動が完全になくなって、1年以上経っていました。

6人は仕事での活動はないものの、プライベートでは交流が続いていました。

そして、「もう一度、6人で何かやりたい。」という思いが固まり、ジャニー喜多川氏に「6人で何か一曲披露させてほしい」と直談判に行きました。

すると、驚くことに、グループ名までもらえました。それが「sixtones」(シックストーンズ)です。

6人の原石、“ド”を除いた“レミファソラシ”の音色のように個性を輝かせてほしいという思いを込めて付けられました。

6人は毎週収録がある「ザ・少年倶楽部」の収録で「HELL,NO」を披露することができました。

久しぶりの6人での披露はファンにとっても嬉しく、大成功しました。

しかし、この時の収録・放送では「sixtones」のグループ名を紹介してもらえませんでした。

新ユニット「six tones」結成とお披露目!

なかなかグループ名を発表してもらえず、「本当にグループ結成したのかな?その場の冗談だったのかな?」と不安な日々を過ごしていました。

2013年5月1日舞台3日目でようやく「sixtones」のグループ名が発表されました。六人は喜びでいっぱいでした。

発表当初は「sixtones」と全て小文字表記、「シックストーンズ」という読みでしたが、発表後にジャニー喜多川氏が新聞を見て、「長い」と感じたそうで、縮めて「ストーンズ」にしたそうです。

その時、表記も“ix”のみ小文字で、「SixTONES」とし、「大文字だけ読めば、STONESになる」と半ば強引に変更しました。

さすがに、ジャニー喜多川氏の強引さにメンバーも驚いたそうです。

ジャニーズ初!YouTuberデビューと成功

後輩グループ「King&Prince」がデビューし、「自分たちは、もうデビューできないのではないか」と半ば諦めていたころ、2018年3月にYouTubeで「ジャニーズjrチャンネル」が開設されました。

そして、その年の11月に滝沢秀明監修のもと、ジャニーズjr初のMVが発表されました。

「JAPONICASTYLE」です。

 

再生回数が100万回超えるなど、大人気になりました。

それから、YouTubeを通して、男女問わず人気をつけ、デビューした先輩からうらやましがられるほどでした。

翌年3月には初めて単独コンサート「CHANGE THE ERA -201ix-」を開催し、通算13万6000人を動員しました。

恩師・ジャニー喜多川氏の死と念願のメジャーデビュー発表!

2019年7月に恩師であるジャニー喜多川氏が病気で亡くなりました。

亡くなる直前の6月、滝沢副社長にジャニー喜多川氏の病室へ呼ばれ、SnowManと同時デビューすることを知らされました。(インタビューによって知らされた時期が異なるため、正しい時期は不明です)

単独ライブを見たジャニーさんが、デビューさせる意思を固めたそうです。

しかし、準備を進めていた矢先、病状が悪化し、「伝えられるときに直接伝えたい」というジャニーさんの希望で、本人へ伝えられました。

そして、8月8日の「ジャニーズJr.8・8祭り〜東京ドームから始まる〜」で2020年1月にデビューすることを発表しました。

2020年1月23日、デビューシングル「Imitation Rain/D.D.」が発売されました。

発売3日目にしてSnow Manとの合算でミリオンを達成しました。

下積み時代から10年以上かけて、ようやくデビューできました。

まとめ

メンバーのほとんどがジャニー喜多川氏のスカウトで入所し、将来を期待されていました。

また、同期や後輩、昨日まで同じグループだったメンバーが次々とデビューしていく姿をみて、悔しい思いをしていました。

10年以上たち、ようやく本人たちがデビューするまで、色々なことがありました。

「バカレア組」としてファンからは人気でしたが、なかなかグループ結成まではいかず、消滅してしまうところでした。

直談判がなければ「SixTONES」がなかったのかと思うと、勇気を出してジャニーさんに掛け合ったメンバーに感謝です。

デビューに関しては未だ謎が多いです。

発表後のインタビューやバラエティ番組で伝えられた日付が異なることや(6月28日、7月28日など)、田中さんが「ジャニーズjrチャンネルの卒業を知ったのは、ロケ中の6月半ば」と1か月時期をずらして発言していることから、ファンの間では違和感を抱く方が多くいました。

実際、5月にそのロケ現場を目撃した方があり、「5月には知っていたはずなのに、わざわざ6月に訂正することは何かあるのでは」とSNSでも話題になりました。

そのため、「本当は単独デビューすることが前から決まっていたのではないか」という声も上がっています。

真相は、メンバーと滝沢副社長、亡くなったジャニー喜多川氏のみしかわかりません。

いつか、何十年か経ったら、暴露される日が来るかもしれません。

デビューの仕方は本意ではなかったかもしれませんが、セカンドシングルからは実力のみで人気が左右されるので、これからが楽しみです。